ぱやぱやな人生・教育・生活などなど

けっこう毒舌で、徒然なるままに書いてます by あぱぽよ

次と情熱

 

 

今年度は、かなりキツかったからだろうか。

次(転職)のことを強く意識しだした自分がいる。

 

 

 

かなりユニークな教育を提供している組織で働いていて、当初は年300日以上出勤したりしていた。強制されたわけではなく、働くことが楽しいから自主的に休日出勤していた。

 

自分で言うのもなんだけど、かなり一生懸命に働いたと思う。

 

やり方が正しかったか間違っていたか、分からない。

自分の能力は、そんなに高くはないだろう。

 

しかし自分の方法と能力はともかく、

少なくとも努力と工夫を心がけて一生懸命に働いたと思う。

 

 

 

自分なりに一生懸命に働いてきて

見えてきたもの感じ始めたこと。

 

「あれ? この教育って私のやりたいことかな??」

 

 

 

今年度ではなく、やや前から感じ始めていた。

提供している教育への疑問

 

疑問が湧くと、情熱が注げなくなってくる。

情熱がなくなると一生懸命にできなくなってくる。

 

それでも、自分なりに熱意を持って取り組んできた。

 

しかし、その熱意の方向性が、所属している組織の方向性と違うことによって、保護者からのクレームが大きくなった。

 

 

 

だよね。

 

そうなる気がしていた。

 

それなりに長く教育の世界で働いているので、顧客である保護者に「最初の段階で、提供する教育内容を提示して同意を得ること(賛同してもらうこと)」の大事さは知っているつもりだ。

 

 

 

所属組織の提供する教育はユニークではあるが理念(ヴィジョン)がない

単に「珍しい内容」であるだけで「骨格・軸・土台」がないのだ。

 

表面的には聞こえのよいこと(理念モドキ)をちょこちょこ小出しにしているが、現場にはそんなものは浸透していない、というか実在しナイ。

 

 

 

この「理念がない」ということについては、勤務初年度から気づき、管理職に何度か問うてきた。

 

「この組織の教育の理念は何なんですか?」

 

管理職らがこたえたのは、

理念ではなく方法(内容)だった。

 

 

 

上の人間が「理念とは何か」すら分かっていない組織に理念があるわけがない。

 

理念のない組織に明確な方向性があるわけがない。

 

明確な方向性のない組織に、顧客へのブレのない教育内容の説明ができるわけがない。

 

結果、現場と顧客の間に意識の相違が生じ、クレームが大きくなる。

 

 

 

だれも得しない。

もの珍しいだけの理念なき上っ面教育である。

 

 

 

理念もない上っ面の教育を提供することへ情熱が持てるわけがない。

 

労働条件は悪くないので、ここ数年は提供している教育内容や組織の在り方への疑問を持ちつつも、自分をだましつつ働いてきた。

 

しかし、今年度、様々なことを経験して、自分が持っていた疑問が正しかったと身をもって理解した。

 

 

 

で、どうする?

 

 

 

分からない。

 

まだ分からない。

 

 

 

自分が何に情熱を持つことができるのか?

 

今、まだその対象が見つかっていない。

 

その対象を見つけたら、それに向かって走りたいと思う。

 

 

 

今は、雌伏して観察のとき。

今できる錬成をしよう。

 

 

web.smartnews.com

↑この内容とか考えさせられる。

 

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↑勤務組織はブラックではなく労働条件はこういう内容よりずっと良いので、簡単には離れられない自分もいる。