文句ばっかり言って「自己責任」を是としない日本国民全体の雰囲気(行政を批判しまくるマスコミも責任あり)がもたらした結果↓
遊具で怪我して所管している行政機関の責任を追及。だから、遊具を撤去する行政。ボールが飛び出してきて行政に文句を言う市民。だから、ボール遊びを禁止する行政。
我が子の至らなさは家庭の責任なのに学校や行政の責任にする保護者。だから、ブラック労働のクレーム天国な教師になりたい人が激減して教育の質がより低下。
当たり前の流れやん。
日本のようにかなり人権が保障され、個人個人に各種選択の自由がある国においては「基本的に何事も他人のせいじゃなくて自分の責任」でしょ?
人のせいにすんなって!
(↑自戒も込めて)
日本だけでなく米国も、今の中国が抱えている「公害・環境汚染」という問題を経てきたのですね。数十年前にマレーシアのマハティール首相が言っていた言葉を思い出します。
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1989年、イギリスの少年がマレーシアの首相マハティールにこんな手紙を書いた。
「僕は10歳で大きくなったら、熱帯雨林の動物について勉強したいと思っています。しかしあなたが木材業者を今のままほうっておけば木は一本もなくなってしまいます。何100万という動物も死んでしまいます。一握りの金持ちが、何100万ポンドを得るためにこんなことをしていいのでしょうか。僕はとても醜いことだと思います。」
これに対してマハティール首相は次のように返事をした。
「私達の森から木材を切り出していることを辱めようとしている大人達にあなたが利用されていることのほうが、醜いことです。あなたを操っている大人達に教えてあげましょう。問題は一握りの金持ちが何100万ポンド稼いでいるということではありません。木を一本切り出すことは少なくとも10人の貧しい人々に仕事をもたらし、おそらく彼らの妻10人とその子供達30人を支えていることになります。加えて金持ちは40%の所得税を払っています。この金持ちがいなければ、政府は税金を集めることができないばかりでなく、伐採も行なわれなくなり、多数の人々が職を失うことになるでしょう。木材産業はこのように多くのマレーシア人を助けています。あなたに熱帯動物の勉強をさせるために、彼らを貧しいままにしておくべきでしょうか。あなたの研究のほうが貧しい人々の空腹を満たすより重要なのでしょうか。あなたが動物の勉強をするからといって私達は100万ポンドの富みを水の泡にすべきなのでしょうか。」
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そんなこんなで本日の集中読書で読みきった書籍はこちら
学校の「当たり前」をやめた。 ― 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革 ―
- 作者: 工藤勇一
- 出版社/メーカー: 時事通信社
- 発売日: 2018/12/01
- メディア: 単行本
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印象に残った言葉は
「目的と手段ー学校は何のためにあるのか」
「学校は、子どもたちが社会の中でよりよく生きていけるようにするためにある」
「今の学校は自律を育むことと真逆のことをしてしまっている。手段が目的化してしまっているからだ」
「人はそもそも動いてくれないものなんだよ。働かない人を動かせるようになってこそ、本物のリーダーだ。初めは誰もできないよ」
「当たり前に疑問を持ち、目的と手段の観点から、改善を図っていく」
「児童生徒・保護者・教師・地域の方々、どんな立場の人であっても、学校をつくる当事者となることで、人として誰もが成長できる場が学校です」
もう一冊読みきった書籍はこちら
「IN-child」という新しい概念で、各種の連携をやりやすくしていくという可能性を強く感じた。
結局のところは、発達障害などと強く結びついているのだけれど、「使う言葉を変える」だけで言葉の受け手が感じる印象は変わってくるし、特に保護者に対して説明がしやすくなるのは大きい。
そして、この本には各種の連携(教師と教師、教師と保護者、教師と医師など)への具体的な助言も多い。
「IN-child」
普及してほしい概念と言葉だと思いました。