2025年の最終出勤を終えた車の中にて
今年の9月から始めた約4年ぶりの労働(雇われ仕事)。フルタイムではなく時間給のアルバイトとして働くことは15年ぶりだった。紆余曲折を経て資格取得はしたけれど、正規雇用先を探していた若かりし頃の生活を思い返すと懐かしい。若い頃に一念発起して資格取得をしておいて良かった。その資格のおかげで楽しく稼がせてもらった。
閑話休題
今回のアルバイトは週3勤務のシフトではあったけれど、毎月1〜2週間は勤務しない週を設けていたので、正味の出勤日数は4が月間の合計で35日間前後だったと思う(正確には数えていない)。
朝の8時頃に出勤していたのだけれど、9月頭の車内温度計は32℃を示していた。そして今朝は7℃だった。9月頭と9月末で32℃→22℃という変化があったとブログに書いていたが、この3か月半で25℃の差となった。
前職を辞めてからの約4年ほど、昼ごろに起きる自由気ままな生活をしており、起きてからも暑ければ冷房つけて、寒ければ暖房をつけて部屋でゴロゴロしてきた。
今回、わずか4か月弱の期間ではあるけれど、週に3回も朝早く(午前8時頃)起き、暑い中、寒い中でも出勤しなくてはいけないという体験を通して、日本の四季の変化の激しさを改めて感じた。暑寒天候不良の中でも早起きで出勤は大変だ。
気温や季節の変化以外に感じたこと考えたことは何だろう?
1つ。少し前にも書いた「出勤日や出勤時刻を強制される労働の不自由さ」。換言すると「労働とは自由を奪われること」だ、と。そのおかげで早寝早起きになるのは良いことだと思うけど。
2つ。先進国と呼ばれる国々には、費用対効果を完全に無視した多種多様な過剰福祉が存在しており、その愚かな予算(資源)配分は確実に国家社会を劣化させている、と。共産主義が資本主義に劣ることは明確だ。
3つめは、世の中には多種多様な職場があるが、職種や組織、社風などにより、そこに集まる人々の人間性に一定の傾向はある、と。類は友を呼ぶのだろう。
他にも色々とありそうだけれど、個人的に総括すると。「今回の仕事、内容はキライじゃない。けれど、働き続けるなら今の2〜3倍の時給が前提かな。出勤日は週5(各3時間)にしても良いけれど、月に1〜2週間の丸っと休みを気兼ねなく取得する自由が欲しい。あとは体力的に持病が悪化しない内容なら可」といった感じか。
「お金のために働く」ということを卒業して、「気分転換として働く」という人生のステージに入っているので、自由で面白そうな仕事があればまた働くかもしれないし、そうでなければ働かないかもしれない。
それでも、「労働は大変という感覚を再認識するため(≒気分転換)」と「規則正しい生活を送るため」に働くことは良いことだと思う。また、自由で面白い内容の仕事が巡ってくると良いなと思う。
では、頑張った自分へのご褒美にラーメンを食べに行ってきます(笑)
※やっぱり(不自由さを強制される)仕事からの卒業は何度目でも気持ち良いです。これを味わうためにまた働くことはアリだと思う(笑)
こういう仕事は流石に無理ですが…
「ザ・サカナマンー漁師キャメラマンの現状報告@1979年のマグロ漁船ドキュメンタリー」
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