ぱやぱやな人生・教育・生活などなど

生きとし生けるものが幸せでありますように by あぱぽよ

バックパッカーのように働く

 

バックパッカーのように働いてますね」

同僚にこう言われた。

 

バックパッカーのように働いていますね」という言葉には、「フラフラしていますね」とか「自由気ままですね」という意味が入っているかもしれない。

 

しかし、同僚との会話の流れから考えると「なんでも見てやろう! なんでも体験してやろう!」という気持ちで仕事を選んでいますね、という意味だった。

 

なるほど。そう言われてみると、そうなのかもしれない。私は、バックパッカーのように働いている。そんな気がする。

 

数十年前に初めて訪れた外国はタイだった。10代だった私は仲間4人と、ビクビクドキドキしながら、今はなきバンコクの有名な旅社(チャイナタウンのゲストハウスみたいなもの)を泊まり歩いたりしていた。

 

それから数年で20カ国ほど、ほぼ1人、リュックサック1つ背負って旅した。その期間は他に、海外大学への留学や、日本国内での野宿やヒッチハイク旅など、様々な体験へ自分を向かわせ、色んなものを自分の目で見て肌で感じながら、自らの足で歩き踏みしめてきた。

 

日本で社会人となり、思いがけなく「先生」などと呼ばれる立場になってからも、一度ならずその立場を捨て、再び海外を放浪したり、まったく異なる業種に突撃して過酷な社会人生活を体験したりもした。

 

今は、再びか、三度か、また「先生」などと呼ばれる場所に身を置いているけれど、基本的に自分は変わっていないのかもしれない。私にとって「働く」ということの第1の意味(目的)は「その職を体験する(その分野を身をもって知る)」であり、「稼ぐ」は第2か第3の目的にすぎない。

 

今の私は、働きながら、5度目の大学生身分に身を置いて、社内の学びと社外の学びの両立を目指している。そして、社内においても、転籍(かなり大きな異動)を念頭に動いている。それらの動きの根底にあるのはバックパッカーのように働く」=「なんでも見てやろう! なんでも体験してやろう!」という気持ちだと同僚の言葉から気づかされた。

 

バックパッカーのように働く私」

言い得て妙  ^_^

 

 

D17 地球の歩き方 タイ 2019?2020

D17 地球の歩き方 タイ 2019?2020

 

ネットなんて影も形もなかったころ。この本にはお世話になりました。「地球の迷い方」なんて揶揄する人が多いけれど、なんの情報もない途上国を旅する際、この本があるとどれだけ心強かったか。もちろん、旅した国々の中には「歩き方」がカバーしていない国・地域もありました。なんの情報もなく、リュック1つとパスポート&現金だけ持って旅する時は、本当にドキドキハラハラでした。

 

アジアの誘惑 (講談社文庫)

アジアの誘惑 (講談社文庫)

 

バックパッカーだったころに読んだことがあります。とても懐かしい。

 

自然て そんなにヤワなのかい?

 

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自然派を強調する尖っている人に良く出会う。人に興味を持たず、自分の暮らしが一番だと言い、化学製品信者を見下す。自然に逆らわずに暮らす本当の自然派は、他人に惹かれ人の話をよく聞く。本物はどんな時でも当たりが柔らかい。

(岡本 よりたか氏のSNS上の言葉)

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ちょっと辛口かもしれませんが以下

 

 

岡本さんが上で書いている「自然派を強調する尖っている人」。いる気がする。変に尖っている自然派の人、イヤです。でもね、岡本さんの「自然に逆らわずに暮らす本当の自然派」という言葉にも引っかかる

 

ド田舎出身で、過疎化限界集落化している実家を持つ「ド田舎ルーツ人」からすると「自然に逆らわず暮らす」という言葉に強い違和感を感じる。この言葉も「自然を支配したと感じてる現代の都会人の視点」じゃないですか?

 

ホントのド田舎は「自然と闘いながら存在」してるんです。現代でもド田舎は自然に飲み込まれつつある。自然の力って、恐ろしいんですよ。

 

耕作放棄地が林や森にもどりつつあり、荒れ放題。限界集落に住む老人たちが丹精込めて育てた野菜や米は、害獣(鹿、猪、貉などなど)に喰われ放題。挙句の果てに、猿の群れが集落内を跋扈して、庭や家屋を荒らしてまわる。自然は恐ろしく強い。

 

「自然に逆らわず暮らす」って言葉は、自然の強靭さや凶暴さをナメてる人間のセリフ。自然て、そんな甘いもんじゃない。自然災害じゃなくても、自然の力の前には、人間の力なんてチッポケ。

 

過疎化して、自然に飲み込まれていく故郷を訪れる度に「自然て恐ろしい。強すぎだ」と感じる。「逆らわず」とかいう綺麗な言葉じゃなくて、実際の田舎のリアルは「自然と闘わざるを得ない」状況。

 

この岡本さんを含め自然派の人」って、なんだかねぇ…って思うド田舎出身者は私だけだろうか?

 

自然農法 わら一本の革命

自然農法 わら一本の革命

 

といっても、ド田舎在住の私の父も、この本読みつつ、有機無農薬農業を「趣味」として楽しんでますが(笑)

 

社会的成功と「個人的成功」=教育者と「宗教者」

  

 

「社会的成功」とは何だろう?

 

一般的に考えると「富、地位、名誉を手に入れること」だろうか。

 

 

では

私は教育者として子どもたちに「社会的成功者」になるための教育をすればよいのだろうか?

 

 

西田一見という人が社会的成功の対概念として「人間的成功」という言葉を使っているけど、なんか気持ち悪いので個人的にはここでは考慮しない。

※「人間的成功」については以下にWeb記事と書籍↓

ビジネスNo.1理論 (「勝ちグセ脳」をつくる3つの力)

ビジネスNo.1理論 (「勝ちグセ脳」をつくる3つの力)

 

 

 

他に「人生の成功」という考え方もあるようだ。これを「社会的成功」と対概念にするため勝手に「個人的成功」と言葉を変えてみた。

 

 

「社会的成功」と「個人的成功」

 

言葉としては対概念になりそう。

 

 

では

「個人的成功」とは何か?

 

社会的成功が富・地位・名誉という「相対的」指標を持つ事柄を成功基準とするなら、個人的成功は「自分軸(自分基準の絶対評価)」

 

 

富・地位・名誉がなくても、自分が「面白い。良いね。幸せだ」と感じられる人生なら成功となるのだろう。

 

 

教育(教育だけでなくすべての情報)は、誤解を恐れずに言うと、洗脳なので、「個人的成功者」を国家規模で教育を通して育むことも不可能ではないと思う。

 

 

現状、そこ(個人的成功者育成)を担っているのは「宗教」かもしれない。

 

 

じゃあ、結局、宗教者でない教育者は「社会的成功」のための教育。つまり、効率的に「富、地位、名誉を手に入れる」ための教育を提供していくのが務めということになりますね…

 

 

うーん。

教育者の領分は「個人的成功」ではなく「社会的成功」への導きか…。

なんだか、それつまんないな。

 

 

将来的には、やっぱり

10代のころから考えてきた宗教者を目指して生きましょうかな ^_^

 

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 What is “Social Success”?

In general, it means “to get wealth, status and honor”?

Then, should teachers educate children to become “socially successful person” ?

Ichimi Nishida uses the word “Human success” as a concept of social success, but I don't consider it here because it feels unsuitable.

There is another idea, “success in life”. I changed this "success in life" to "Personal Success" as pair concept of "Social Success".

“Social success” and “Personal success”.

It could be pair concept words.

So what is “Personal Success”?

If "Social Success" is based on the success criteria of having “relative” indicators of wealth, status, and honor, "Personal Success" is based on“ self perspective (absolute criteria from one's self point of view)”.

Even if you don't have wealth, status, or honor, you can be successful of your life when you feel it's “interesting, good, happy”.

Education (all information, not just education) is actually the way of brainwashing, so I think it is possible to nurture “personally successful person” through education on a national scale.

At present, it is “religion” that is being for the development of "personally successful person".

After all, teachers who are not priests are working for growing “socially successful person”. In other words, teachers duty is to provide efficient ways “to get wealth, status, and honor”…

Well. It's not interesting for me...

In the future, I would like to be the Guru (making my new religion), not an teacher but as an educator.

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図解 世界5大宗教全史

図解 世界5大宗教全史

 

↑左ページは毎回イラストでの説明らしい。分かりやすそう。

 

硬派な方には、同作者・中村圭志さんの中央公論新書

 

大学4年間の宗教学が10時間でざっと学べる
 

 ↑

こちらも半分のページはイラスト解説。島薗先生の本は何冊か読んだことあるので、中村先生を優先して読もうかな。

 

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

 

 ↑

日本の仏教の「歴史」=日本仏教史について学びたい方にはこちら。仏教学ではなく仏教史です。非常に名著。

 

コズミックオペラマン。

 

 

本日はフルムーン

いつもとは違う、不思議な言葉の羅列になるかも知れません。

 

 

 

霧や霞に覆われた山麓を抜けて

高台から眼下を見下ろすと

家並みが連なっています

 

そういえば昼には

昭和でしかない遊園地の観覧車から

同じような風景を見ていました

 

タピオカミルクティーを飲んで

ソースカツ丼というものを食べました

人生で初めてメリーゴーランドに乗ったかもしれません

 

幻想的な湖に浮かぶ神社

10年ぶりくらいなおみくじは英文

あれから早5年ほど

 

いつの間にか時は過ぎていきますが

無事に仕事をさせていただき

生きさせていただき、感謝

 

話題の豚コレラ

牛もいました

蕎麦屋さんが多かった

 

農業法人でオムライススパ

コンポースターの匂い

寒いからソフトクリームは遠慮

 

狂気の「風を見つけた」

巻きツノのヤギは草花を食む

「コンニチワー」「バイバイ」「マタネー!」なキバタン

www.youtube.com

 

草原を走れば

地域憩いのスーパー銭湯

見せたがりのガラス張りの家が輝く

 

背の高い夜のトウモロコシの畑

お稲荷さんのある二世帯住宅

ローソンは文明の光

 

奪い合えば地獄

分け合えば天国

スパオムライスとウィンナー

 

溢れ出る詩とメロディ

見上げれば龍の目

サルティンバンコ

 

それは

ズンドコベロンチョ

蟹の恩返し

 

 

 

すべてはフルムーンのコズミックオペラマン。

 

 

カンタンな教育・子育て・社会づくり!?

 

 

「勉強しなさい!!」

 

 

こんな言葉で我が子に勉強させようとしている親がいる。

 

みなさんはどう思いますか?

みなさん自身はどうですか?

 

こんな言葉がけで子どもが勉強するならカンタンでいいですよね。でも、年齢にもよりますが、こんな言葉がけでは子どもは勉強しません。むしろ、子どもの反発をまねいて、逆効果になることが多いです。

 

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もうずいぶん昔。私が教育業界に入って2,3年目だったころ。教育相談の中で保護者からこんな言葉がでた。

 

保護者(母)「先生。うちの子、ぜんぜん辞書を使わないんです」

 

私「へぇ。そうなんですか」

 

保護者「そうなんですよ。辞書を使いなさい!と言っても、せっかく買った辞書をぜんぜん使わないんです」

 

私「そうなんですね。もったいないですね」

 

保護者「先生。どうしたらよいでしょうか?」

 

私「はい。ところで、お母さまは辞書を引かれていますか?

 

保護者「え!? 私は… 私は… だいたいの言葉の意味は分かるので… 辞書はあまり…」

 

私「そうですか。それはちょっと違うかもしれませんね」

 

保護者「…」

 

私「私はよく辞書を引きます。おそらく、多少は言葉の意味を知っている方かもしれませんが、よく辞書を引きます。私の友人で新聞記者をしている人間がいますが、彼は私以上に辞書を引きます。逆なんです。言葉を知っている人間ほど辞書を引きます。だから、より言葉を知る人間になるわけです」

 

私「それ以上に大事なことがあります。お母さん、辞書をひいてください

 

保護者「!?」

 

私「辞書を引け!と子どもに言っても、辞書を引く習慣はつきにくいです。しかし、自分の親が頻繁に辞書を引く姿を見て育った子どもは辞書を引くようになります。私がそうです」

 

私「母は辞書を引けと私に言うことはめったにありませんでしたが、母自身は少しでも分からない言葉があると辞書を引いて意味を確認していました。あと分からない国名や地名などを耳にすると地図帳もよく開いていました。私が中学校社会科でもらってきた地図帳を母が使っていました

 

私「結果。大人になる頃には、いつの間にか私は辞書も地図帳もよく利用する人間になっていました」

 

私「つまり、子どもに何か良い習慣をつけさせたいなら、子どもに強制するより、先に親自身が実践するのが最良の教育方法だということです」

 

私「子どもは、よく親を見ています、凄く観察しています。そして、良くも悪くも、親と同じような習慣を身につけていきます。ですから、お子さんに身につけさせたい習慣を、まずはお母様やお父様が実践して、その姿をお子さんに見せてあげてください。すると、お子さんもいつの間にかマネするようになりますよ」

 

保護者「…。たしかに。私や夫のマネしてほしくない習慣ばかりを子どもが同じようにやっている気がします」

 

私「そういうものです。だから、まずは親が悪い習慣を止めて、良い習慣を実践しましょう」

 

保護者「わかりました!私、明日から辞書を引くようにしてみます!」

 

私「明日からではなく、今日からしましょう!」

 

保護者「わかりました!」

 

こんなやりとりをした。

 

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最初の話題にもどる。

 

「勉強しなさい!」は意味がない

 

勉強する子を育てたいなら「親が勉強しなさい」ということ。親も賢くなるし、子も賢くなる。とてもカンタン。

 

勉強に限らず、子どもに身につけさせたいことは、子どもの責任にせず、まずは親(大人)が実践すること。すると、自然と子どももそれを実践しだす。

 

子どもに強制する必要はない、ただ自分が実践すればよいだけ。なんとカンタンなことなのだろうか。

 

 

お母さん、お父さん「勉強していますか?」

そこらにいる先生方「勉強していますか?」

 

「門前の小僧習わぬ経を読む」は真理

 

 

子どもに「ゲームをするな!」と言っておきながら、自分はスマホゲーム中毒なんて親はいないだろうか? 親が自律できていないのに、子が自律した人間に育つわけがない。

 

 

子どもに言う前に、まず親が率先垂範する

 

↑これが最良の教育方法であり、

最もカンタンな教育方法

 

 

 

付記

「自分は忙しくて勉強なんてできない」などという親(大人)がいる。そんな人間に育てられた子は「言い訳ばかりして、努力も挑戦も工夫もしない人間になる」。ただそれだけのこと。

 

社会改善や問題解決を子どもたちの世代任せ(先送り)にして逃げるのではなく、すべて我が事ととして取り組んでいく姿勢が大人であり親である我々に必要なことだと思います。

 

 

大学生活サバーイ!?

 

 

さきほど入学許可が届きました。

5年ぶりに大学生にもどります。

働きながらの大学生活は3度目?

 

 

フルタイムで働きながら学び続けることは大変ではあるけれど、その大変さが自分の糧になることは体験上間違いないと確信してます。

 

児童生徒に「勉強したほうがいいよ」と助言する立場の人間が学び続けるのは当然

 

20代で思いがけなく教育業界で働きだしたころ「自分は先生と呼ばれるような人間なのか!?」「子どもに勉強しろと言うなら、そんなことを言う教師や親、大人が学び続けるべきでは?」。そう感じました。

 

せめて「自分ができる学び」をしていこう。できることなら「資格というカタチあるもの」も手にしていこう。そう思ってから歳月は流れ、教育系の国家資格3つと、語学系の最上位資格1つを取得できました。

 

今回は、新たに教育系の国家資格を大学生活1年で1つか2つ取得。そして、もう1年在学を延長して1つか2つ資格を追加したいと思っています。

 

 

※「サバーイ」とはタイ語で「気持ちがよい、快適、心地よい」なんて意味。

 

 

拘り(こだわり)と家族と本当の強さ

 

 

Amazonプライムで『沈まぬ太陽』を見ている。

上川達也の演技が凄いので、引き込まれる。

沈まぬ太陽 Blu-ray BOX

沈まぬ太陽 Blu-ray BOX

 

 

2010年に倒産した旧 日本航空の内部(政官財の癒着と社内政治による腐敗)、御巣鷹山への日航機墜落事故労働組合などをテーマにした山崎豊子著の同名小説『沈まぬ太陽』をWOWWOWがドラマ化したもの。 

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

 

 

小説は、数年前に徹夜で読んだ記憶アリ。もの凄く面白くて、寝不足で仕事に支障がでるくらいだった(苦笑)。

 

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閑話休題

 

沈まぬ太陽』の主人公、上川隆也演じる恩地元は「筋を通す」アツい男だ。しかし、「筋を通す」という自分の「こだわり」のために、自分の出世だけでなく、自分を支え続けてくれる大事な家族をも犠牲にしている。

 

この恩地元という人が私の祖父と重なる。同じような活動をして多くの人から信頼されていたようだ。しかし、父の話では、若いころの祖父は様々な活動で家にいないことも多かったとのこと。だから祖母は色々と苦労したらしい。

 

私も祖父に似ているところがあり「こだわり」が強い。一般的に言うと「不器用」な生き方しかできていないタイプなのかもしれない。

 

恩地はイランで上司から「物事にはホンネとタテマエがあるんだ。覚えておきたまえ」と言われているが、「ホンネとタテマエの使い分け」ができないのが、主人公の恩地であり、私の祖父であり、私でもある。

 

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このドラマを見ていて改め感じたことがある。

 

それは「自分のこだわりによって自分が損をするのは仕方がない。しかし、大事な家族にまで迷惑をかけるくらいなら、こだわりを捨て、自分自身に変化を強いるのが本当の強さではないか?」ということ。

 

「変化するものが生き残る」ではないが、適応力は大事だ。

 

自分のための損得勘定で筋を曲げるというのはよくないと思うし、自分が損するだけなら自分の考えや筋を通すためにこだわっても良いと思う。

 

しかし、自分のこだわりのために、家族や仲間にまで迷惑をかける場合は違う。そのこだわりは強さではなく、ただのワガママじゃないか?

 

自分が自分自身のこだわりに縛られて変化できないことによって、家族や仲間まで巻き込むのは、自分の弱さだと思わなくてはいけないと思う。

 

自分のためではなく、誰かのために、特に大切な人のためには、自分のこだわりを捨て筋を曲げることも必要だし、それが本当の強さというものではないだろうか?

 

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この名作(小説)を読み、この名作(ドラマ)を観て、こんなことを考えました。

とにかく小説もドラマも名作なので、ぜひ読んだり観てみたりしてください ^_^