「みのたけ」の 教育・投資・生活etc

可能なら皆幸せな社会が良いけど、実際むずかしいよね …(苦笑

客を選ぶ教育

 

もう金銭的には趣味で働いて良い状態だと言えるので、そろそろ「完全に客を選ぶ」教育を実践しようかなぁ、と強く感じているここ10日間ほど…苦笑

 

公立学校で働いたとき「これは教員にとっても保護者にとっても悲惨だな」と思いました。なぜなら、公立教員は児童生徒や保護者をもちろん選べませんが、大半の公立小中に通学している子どもとその保護者も、私学入学はもちろん、他の学校へ転校できるほどの余裕はない人達、つまり「教師も保護者もお互いに相手を選べない、逃げ場のない地獄」だから。

 

私立学校で働いたとき「入学選抜は厳格に行って、選抜時の面談や入学の最終確認で絶対に学校側が有利なような条項を入れて入学許可を出すべき」と思いました。いくら私立で、公立とは違って学校側に停学退学という選択肢があると言っても、基本的に停学も退学はもちろん、停学ですら簡単に使えるような選択肢ではない。特に「親への指導は入学してからでは遅い」から。

 

大手の塾で働いたとき「これはシビアだな。とにかく数字(会員数・売上・利益etc)を追いかけないといけない。教育と商売のバランスのとり方(自分の教育心をいかにビジネスと折り合いつけるか)が大事だな」と思いました。なぜなら「数字が人格」の世界で教育を志すというのは非常に難しいけれど、志とやり方によっては不可能ではないから。

民間の学童で働いたとき「なんだこれ。勉強を見ているのか、おやつの世話係をしているのか、子どもらの遊び相手をしているのか、運転手をしているのか、何やってるのか分からない仕事だな」と思いました。なぜなら、学校附属の学童ではなく民間の学童は、その地域の実情や競合と争うために「なんでも屋」になっていることがあるから。

 

海外の語学学校や公立学校で学んだり現場体験的な見学をする機会があったとき「なんだこれ、教員にとっては天国だな」と思いました。なぜなら、横柄な客がいたら「あんたなんかいらん。客も店も平等同格だ!文句があるなら去れ!」と言うし、学校教員の待遇も日本とは雲泥の差だったから。特に、日本の悪しき「なんでも学校と先生の責任。お客(子ども・保護者)は神様」という頭のオカシイ世間の考え方はありませんでした。基本的に「子どもの教育は家庭の責任」。当たり前です。

 

ということで、ここ10日ほど、そろそろ雇われ辞めて「自由な教育人=お客を選ぶ教育提供者」になろうかな、と考えています…苦笑

 

あ~あほらし